1920年代 映画について

「ブロードウェイ・メロディ」(1929)

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「ブロードウェイ・メロディ」(1929)MGM

監督

ハリー・バーモント

キャスト

チャールズ・キング(エディ・カーンズ)、ベッシー・ラヴ(ハンク・マホーニー)、アニタ・ペイジ(クィニー・マホーニー)

 

放課後に吹奏楽部が垂れ流していたあの狂おしいほどに愛しいメロディのような踊りが、素人の危険な遊び程度のエンターテインメント性を持っていた時代があるとしたら、それはブロードウェイの実力者たちがハリウッドに流出する前夜のことであり、そのミュージカルシーンのクオリティは褒められるべきものではないが、それでもベッシー・ラヴとアニタ・ペイジの姉妹役のハマり具合が完璧なこの映画において、そのチャーミングな仕草はむしろ完璧主義者たちの無意識に潜んだフェティシズムの視聴覚効果による抽出に成功しているのだ。

 

MGMミュージカル黄金期前夜の1929年に制作された記念すべきMGMミュージカル第1作目で、全編トーキーによる初のミュージカル映画という確定記述を持った作品としても知られており、この作品のアカデミー賞受賞を経てMGMはバックステージもののミュージカル映画の製作に本腰を入れ始める。この流れからミュージカル映画は一度の衰退を経るが、いってしまえばこの映画は「雨に唄えば」(1952)「バンド・ワゴン」(1953)などの名作ミュージカル、さらにいえば「ラ・ラ・ランド」(2017)にまでつながる(70年代の眠ったままになっているミュージカル映画をすら通っている)ミュージカル映画のエポックメイキングだ。

 

トーキー移行期ということもあり、いささか戸惑いの見えるカットもいくつか存在するが、確かなライティング(女優をいかに綺麗に見せるかという表現のために生まれた技術)と、彼女たちのチャーミングさによって全く退屈な活劇にはなっていない。むしろ逆説的に、カットを割らずともアクションが撮れることを告発しているようにも感じるのは私だけだろうか?

 

さて、B級スプラッター映画には女性の乳房があるように、あるいはイーストウッドの映画には教会がつきもののように、もしくはパリの映画には濡れた街路が最低条件のように、バックステージもののミュージカル映画には螺旋階段がつきものだ(これについては詳しく別で語る)。この螺旋階段は、バックステージから踊り子たちの楽屋へとつながる重要な映画の接続詞で、いかに美しくその上下運動を見せることができるのかが衣装との関係で測り見ることができる。この映画では二度そのシーンが出てくるが、特に印象的なのは物語後半、姉のハンク・マホーニー(ベッシー・ラヴ)と妹のクィニー・マホーニー(アニタ・ペイジ)喧嘩をした後、ハンクが黒い羽をつけた衣装で螺旋階段を駆け上がるシーンである。それはとても優雅といえるシーンではないが、たまらないほどのキュートさを持っていて、それが映画全体にも行き渡るハンクの憎めなさにつながっている。

 

音楽の方は専門外すぎてあまり多くを語れないのだが、業界の都市伝説を地でいくアーサー・フリードが全編作詞をしたこの映画の音楽は、あまりにもベタすぎる貼り付け方なのもありそこまで記憶に残ることはなかった。

 

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