ミュージカル映画史

ミュージカル映画史5 〜30年代以降のミュージカル映画〜

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ミュージカル映画史5 〜30年代以降のミュージカル映画〜

 

先程も述べたように、30年代にアメリカは大恐慌に陥りミュージカル映画の人気も下火になってしまう。人は、暗い気分の時に夢物語に付き合っている暇などないのだ。しかし、その間に多くの才能がハリウッドに流れ着き、ミュージカル映画復活の前夜を静かに祝福していた。

フレッド・アステアにバスビー・バークリー。ジンジャー・ロジャースにエレナ・パウエル。名前を挙げればきりがないが、そういった多くの才能が、東から西へと流れてきた(大恐慌によるブロードウェイからの人材流入、ナチス政権成立に伴う才能溢れる監督たちのハリウッドへの亡命)。

 

戦争によってあらゆる芸術が更新を要求されたように、世界情勢に敏感な映画界も例に漏れずあらゆる面での更新が要求される。大恐慌時代の1929年に、倫理観を問うたカトリックの人間が独自の倫理規定を記した文章を書いて映画会社に送付する。そもそも20年代前半から映画に対する不道徳性を問う声は少なからずあって、22年には自主検閲機関としてMPPDAを設立している。これは政府の介入が怖かった大手映画会社が体裁を取る形で設立したもので、「はい、こういうの作りましたから、大丈夫ですよ」なんて感じでごまかしていた。まるでどっかの小国の腐敗した政治家たちのそれみたいだが、カトリックからの批判を受けてその倫理規定を修正しつつそれを受け入れ、30年にその規約をMPPDAが採用する。しかし、その検閲機関が全く機能しない。人手も足りないしトップの影響力もない。そんなことでこの時代はプレ・コード時代と呼ばれている。自主規制という制度はあるが、ほぼほぼフリーパス状態。ディフェンスガラ空きのパスし放題にシュートし放題の入れ食い状態。そのまま放置されていたこの検閲機関だが、世界情勢が悪化するにつれ道徳観を求めるようになった市民たちを抑えることができなくなってくる。こうして1934年、アメリカ映画製作配給業者協会によって本格的な自主規制が実施されるようになる。

 

映画衣装に関して言えば、「好色もしくは挑発的なヌード(シルエットのみも含む)または作品内の登場人物による好色なアピール」という項目が関係してくる。

プレコード時代の映画と、ヘイズコード実施後の衣装とその表現方法を比べてみると、プレコード時代のコスチュームは、タイトで体にフィットしたコスチュームや、露出が多いコスチューム、さらに表現としてはヌードを連想させるようなシーン(いかにして服を脱がすかという表現)が多く存在しているのに比べ、ヘイズコード実施後は露出の多いコスチュームは少なくなり、体にタイトにフィットした衣装でなく華麗なドレスなどで体を覆うようになり、エレガントさを想起させるように(いかにして服を揺らすか)という表現に変わっている。つまり、30年代を過ぎてからミュージカル映画のコスチュームはセクシャリティからの強制撤退を余儀なくされ、エレガントを志向するようになっていくのだが、そこに現れたのがフレッド・アステアだったという事実も見逃してはいけない。20年代以降は人工化学繊維によってコスチュームが自然に、柔らかに舞うようになった。

 

30年代から40年代にかけては、ミュージカル映画の黄金期と言える。映画のタイトルをあげてもきりがないし、俳優も監督も素晴らしい逸材がゴロゴロといた。

映画史にはいくつかの転換期があり、その一つが先に打ち込んだトーキーへの移行なのだが、30年代後半にもカラーへの移行という重要なテクニカルポインとがある。ミュージカル映画史においては「オズの魔法使い」がいち早くカラー作品として封切りされた。

全編カラーになっているこの映画。コスチュームをどうやって剥がし、どうやってチェンジするかに必死になった時代は過ぎ、エレガントさとは似ても似つかないほどに鮮明なカラーで彩られたコスチュームたちは、一切そのキャラクターから離れることなく固定されている。それは、美しいライティングで輪郭を浮き彫りにするのではなく、平面にペイントするかのように塗られた色(魔法の国はスタジオの中にあり、背景はペイントによって奥行きを持たせようとしている)によって輪郭を曖昧にしている。

だからと言って、ここに古き良きミュージカル映画はなくなったと高潔に謳ってみようというわけではない。この曖昧になった異空間には、空間を踊るフラクタクルがあり、プロ契約で集められたプロフェッショナルなスポーツのチームのような全体性ではなく、ミクロへと人を誘うような集団性がある。言わずもがな、集団性はミュージカル映画における重要なタームなのだが、この映画は、実に見事にミュージカルにおける新たな集団性の空間を、カラーを用いることで創出してしまったのだった。

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