Dior「j’adore」
トップノート : イランイラン
ミドルノート : ダムスクローズ
ラストノート : マツリカジャスミン、グラースジャスミン
とても好きだ。ジュテームよりも深い愛で語られるべき香水。ジャドール。フランス語を少しでも嗜むものならば、そこに人称代名詞が置かれていないことに気づく。これは、自然に対する崇高な愛を歌う賛歌なのだ。
トップ
トップノートで香るフローラルなペアーの甘さは、イランイランと重なり合うことでアラビア海の奥深くへと潜り込んでいく。それは、人が入ることのできない超深海層に咲いた一輪の花の甘さ。
ミドル
ミドルノートに入り、ジャスミンやチュベローズのホワイトフローラルの清楚さが徐々に気泡となって海面へと浮き上がってくる。やがてその清楚さは、ダマスクローズによって空気中を漂い始める。最初に訪れたエキゾチシズムは甘さに包まれて雨散霧消し、知覚できるギリギリのラインでミドルノートを支えている。それでいてその存在感は大きく、おそらくカーメル・スノーでしか命名できないほどだ。
ラスト
最後に、ラストノートに仕込まれたグラース産のジャスミンの香りが徐々に立ち上がり、その香りは肉感といった確かな形となって姿を表す。
香水にはクリエーションとリコンストラクションという二種類がある。文字通り、クリエーションは創造で、リコンストラクションは再現だ。このジャドールは、どのどちらでもある。存在しない理想の花の香りの再現だ。神は真実ではないが事実だ。そして、神は我々の前に再現されねばならない。それは、イメージと現実の間を彷徨う亡霊と化した私たちへのご褒美なのだ。