1930年代 映画について

「オズの魔法使い」(1939)

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「オズの魔法使い」(1939)

監督

ヴィクター・フレミング

キャスト

ジュディ・ガーランド(ドロシー)、レイ・ボルジャー(案山子/ハンク)、ジャック・ヘイリー(ブリキ男/ヒッコリー)、バート・ラー(ライオン/ジーク)、ビリー・バーク(グリンダ)、マーガレット・ハミルトン(ミス・ガルチ)

 

ジュディ・ガーランドの出世作と言ったら良いか、彼女の唄った「虹の彼方に」で有名な映画と言った方が良いのか、1930年代後半の白黒映画全盛の中においてテクニカラーで撮られた意欲作とでも言っておこうか、クレジットには記載されていないが何人もの監督が入れ替わりでメガホンをとらざるおえなかった作品だとでも紹介してみようか、ジュディ・ガーランドの薬物騒動のせいでリバイバル上映の際に不当な評価を受けながらも死後にしっかりと評価されたという名作にはつきものの挿話でも挟んでおこうか。

 

1920年代後半、映画が声を持ち始めたことでミュージカル映画は産声をあげ、レヴューシーンのあるバックステージもののミュージカル映画が流行する。一度は衰退するものの、アメリカの大恐慌からの奇跡的な回復や、ヘイズコードの施工なども絡み合ってミュージカル映画は徐々にエレガントさをくわえながら発展していく。いつだって、ステージは物語の中に用意されていた。

 

この映画がカラー映画の嚆矢の時期にあることも重要だが、本当に語らなければならないのは、ミュージカル映画のステージと物語の構図が転覆したことだ。この映画は物語の中にステージがあるのではなく、ステージの中に物語がある。

 

冒頭と終盤の田舎のシーンではモノクロームのシーケンズが続くが、魔法の国の中は全編カラーになっているこの映画。コスチュームをどうやって剥がし、どうやってチェンジするかに必死になった時代は過ぎ、エレガントさとは似ても似つかないほどに鮮明なカラーで彩られたコスチュームたちは、一切そのキャラクターから離れることなく固定されている。それは、美しいライティングで輪郭を浮き彫りにするのではなく(モノクロ映画/写真)、平面にペイントするかのように塗られた色(魔法の国はスタジオの中にあり、背景はペイントによって奥行きを持たせようとしている)によって輪郭を曖昧にしている(光による奥行きは去り、固定された色による平板化がやってきた!)。

 

だからと言って、ここに古き良きミュージカル映画はなくなったと高潔に謳ってみようというわけではない。この曖昧になった異空間には、空間を踊るフラクタクルがあり、プロ契約で集められたプロフェッショナルなスポーツのチームのような全体性ではなく、ミクロへと人を誘うような集団性がある。言わずもがな、集団性はミュージカル映画における重要なタームだ。この映画は、実に見事にミュージカルにおける新たな集団性の空間を、カラーを用いることで創出してしまったのだ。

 

日本の「オヅ」は見事なカメラの切り返しを創出したが、アメリカの「オズ」は新たなミュージカル映画の空間性を創出したのだ。

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