ミュージカル映画史

ミュージカル映画史4〜ミュージカル映画と衣装に関する思考、階段について〜

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ミュージカル映画史4〜ミュージカル映画と衣装に関する思考、階段について〜

 

バックステージもののミュージカルに登場する階段は、他の映画に登場する階段とは違う。それは階段の角度だ。バックステージもののそれは、他とは違って急であるか、螺旋階段ならば真上に伸びている。つまり、そこでは人間が上下に運動するという仕草が自然に画面の中を支配できるのだ。

 

女優を美しく撮るために、この階段を利用しない手はない。彼女たちの衣装が一番映えるのは、この見事な上下運動によってでしかないとすら言ってしまいたい。いや、当時の監督もデザイナーもそれに実に意識的だったとしか思えないのだ。それほどにスクリーンに映されたコスチュームの躍動感の美しさにハッとさせられ、私たちはまず言葉を失うという権利を得ることができる。

 

先ほどこの階段はこの種の映画の接続詞だと述べたが、それは「and」とか「et」とかで繋がれる接続詞ではなく、「そして」とか「だがしかし」とも違う。その決定的な違いとは、まず言葉ではない所だ。いわば空白の接続詞。なぜなら、そのシーンに決定的な意味などないからだ。なくても良い。本当はそんなシーンなくても良いのだが、その唐突にスクリーンを縦に移動する空白のエロスがなければ映画ではないのだ。これは映画のみに許された特権的表現。映画が映画であることを許されている瞬間でもある(蓮實氏が小津映画において、階段の不可視性について述べていたのは興味深い)。

 

それと「ラヴ・パレイド」に関して言えば、のちに「今晩は愛して頂戴ナ」でもコンビを組むモーリス・シュヴァリエとジャネット・マクドナルドが共演していて、監督は先に打ち込んだエルンスト・ルビッチ。そして、ルビッチが指名した衣装デザイナーはトラヴィス・バントン。パラマウントの名デザイナーだ。彼が30年代に衣装を手がけた名女優にマレーネ・ディートリッヒがおり、トラヴィスもまた、ジョセフ・フォン・スタンバーグのもとで作り上げられた名デザイナーなのだ。とにかく、彼が作り出す毛皮は的確に照明を拾い、映画のためだけに拵えられたのだという廃頽なる贅沢を惜しみなくスクリーンに落とし込む。ちなみに毛皮はトーキー映画にとって都合の良いアイテムでもあった。何度も述べているが、当時の映画はいかに女優を綺麗に見せるかという技術や方法論にフォーカスしていた。映画の中のスターは豪華絢爛でいなくてはならず、そのための衣装がそれぞれの女優に拵えられる。さて、観客たちの手の届かない豪華さを表現するのに一番簡単な方法は、大量のジュエリーを施すことだ。しかしこれには問題があり、ジュエリー同士の擦過音を音声トラックが拾ってしまうのだ。そこでトラヴィスが持ち出したのが毛皮。毛皮は照明に当たれば柔らかく光が分散し、動いたとしても音が出ない。まさに理想のアイテムだったのだ。

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