1960年代 映画について

「 シェルブールの雨傘」(1964) 「ロシュフォールの恋人たち 」(1967)

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「 シェルブールの雨傘」(1964) 「ロシュフォールの恋人たち 」(1967)

永遠の被害者たる女性を救うためにピューリタニズムを引き合いに出してしまうドヌーブはお好き?いや、崩壊寸前のピューリタニズムに彼女の存在が流入していく瞬間が一番いいの。とにかく、カトリーヌ・ドヌーブならばロシュフォールでしょ?同年公開の「昼顔」(1967)のセブリーヌも良かったけど、どうしてもロシュフォールのデルフィーヌがキュート。身近な愛にさらわれていくシェルブールのジュヌヴィエーヌも、性的倒錯に溺れるセブリーヌも、ピューリタニズムを盾にするドヌーブも、生/性への喜びに満ちていてはドヌーブではない。スクリーンの中のドヌーブは、抜け殻でなくてはならない。

 

「ロシュフォールの恋人」を語るならば「シェルブールの雨傘」を、「シェルブールの雨傘」を語るならば「ロシュフォールの恋人」を補助線に引けば良いなんていう単純な発想に嫌気がさしている読者の皆さんの感情を真摯に受け止めながらも、あえてここはその語り尽くされた二元論を掘り返しながら今一度この映画たちを語ってみたい欲望を抑えることができないでいる。

 

「シェルブールの雨傘」はずっと同じリズムで物語が流れていく。それは、すべてのセリフが歌になっているという画期的な演出だけによるものではない。それは色のリズムや肌の露出度などが複雑に、かつ計画的に絡み合って生まれたリズムでもある。そしてそれらは、「ロシュフォールの恋人たち」という補助線を引くことで実に明快になる。「ロシュフォール」を観劇し始めて数十分の後(僕のような欠陥だらけの映画好きではなく、狂信的なシネフィルの方ならば数分の後)、「あれ、えっ、あっそう、えっ、でも、え?そうだよね、えっ」という不安に襲われるのは、人類みんなの映像史が我々に植え付けた呪術であり、レディメイド的批評を経て感応的芸術へと変貌を遂げたメディア/情報革命の産物でもある。そう、この映画には赤がないのだ。いや、正確にいえば一度、お祭りのシーンで登場するのだが(ドヌーブとドルレアックの衣装など)、たったそれだけ。赤という色は言わずもがな映画の中心的色彩なわけで(赤は赤でも、赤が赤に見えなければ赤でないし、赤でなくてもそれが赤の真実を訴えてくるのならば赤なのだ!)、ひいては映像史の中でも重要な色彩である。ゴダールが必要にアヌーシュカに着せたのは赤ではなかったか?エグルストンの素晴らしさは、赤が赤として迫ってくる不思議な魅力によるものではなかったか?

 

つまり、「ロシュフォール」の映画はチラリズムの映画なのだ。赤がチラリとしかスクリーンに登場しない。チラリズムは二種類存在し、一つは偶然性がもたらすチラリズム(かがんだ時に見える胸の谷間etc,,,これ以上書くと誤解を招くので省略)で、もう一つは偶然性を装った必然的な思惑によるもの(みせパン、etc,,,,)なのだが、明らかに計画的であることからこの映画のチラリズムは後者に属していると言える。

更にいえば、ドルレアックのスカートから下着がチラリと見えるのに対し、ジーン・ケリー(彼がフランス映画に、しかも吹き替えを許可して出演している時点でこの映画はやばいのだが)もジョージ・チャキリスもジャック・ペランもみんな悪気なく「下着が見えてますよ」と彼女に言ってのけるは、チラリズムの映画であることの宣言でもあり、ミシェル・ピコリのギャラリーから出てきたドヌーブに当たる後光や、お祭りでのドヌーブとドルレアックによる踊りの最中にチラチラと彼女たちに射す光(意図的にステージ上に影を表現しているのは観劇したら明らかである)と、それを受けて瑞々しく輝く彼女たちの肌の美しさもこの映画のチラリズムに加担しているのだ。

一方で「シェルブール」ではすぐに赤が画面上に登場する。演者たちはしっかりと服を着込み(季節はいつも寒い時期なのだ)、肌が見え隠れすることもない。そして、この「ロシュフォール」のチラリズムによるリズムが妙にドヌーブにあっている気がする。映画が抜け殻になる時間(赤がなく、美しい光が閉ざされている時間)が多ければ多いほど、ドヌーブは輝くのだ。

 

もちろんどちらの映画が優れているかということを、この批評によって判断することはできない。ただ、優しい人が優しくしてくれるよりも、怖い人が優しくしてくれた時の方がときめいてしまうという三流恋愛雑誌に寄稿した四流ライターの書きそうなこのギャップ論に、五流である僕が捕まってしまったというだけの理由で僕は「ロシュフォール」の方が好きなのだ。

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