Dior「Pure Poison」
トップノート : インド産ジャスミン、スウィートオレンジ、シシリアン、マンダリン
ミドルノート : オレンジブロッサム、ガーデニア
ラストノート : サンダルウッド、ホワイトアンバー
かつて中平卓馬という写真家が、ある写真集の中に自身の日記を記した。その日記が特異なのは、通常日記は朝起きた瞬間から寝るまでの一日を記すはずなのに、彼は一日の始まりをミッドナイトに設定したため大半の記述は就寝することから始まっている。言わずもがな彼が書いたこの日記は、急性アルコール中毒で倒れて記憶を失くした後に書かれたものだ。つまり、彼にとってはこのミッドナイトという時間設定が、彼にある区切りをもたらし、そこから始まる新たな(ピュアな)自分を体験していたに違いない。
少し話は遠回りしたが、人間が最もピュアな状態にあるのは、おそらくこの地上に初めて足をつけた瞬間であり、それは母の中から出てきたばかりの瞬間だろう。そして私たちが日々これに近い状態を追体験している瞬間とは、おそらくお風呂上がりなのではないだろうか。
トップ
恐ろしく静かに香りだすこのフレグランスのトップノートは、インド産のジャスミンにスウィートオレンジやマンダリンのシトラス感が包まれている。毒は未だに姿を見せないのか、それとも毒であることを隠蔽し続けることで私たちをぬかるみの幸福へと向かわせるのか。それは未だに分からないままだ。
ミドル
ミドルノートに入り、ガーデニアの甘さがトップの匂いを上手に包み込み、それはまるで色も温度もない神聖な水の中から上がってばかりの人間が纏うであろうピュアな匂いだ。
ラスト
ラストに入り、このフレグランスが徹底的に隠蔽し続けたはずの毒は、ついに姿を見せずに終わり、このピュアな匂いは静かに熱と混じり合って消えていく。
毒を持たない人間などいるだろうか。憂鬱と理想を含んだ悪の華が存在してしまう限り、私たちにその毒を否定することなどできない。だからこそ、身体だけはピュアであろうとし続けることが、この毒と戯れる一つの方法なのかもしれない。