「トップ・ハット」(1935)RKO
監督
マーク・サンドリッチ
キャスト
フレッド・アステア(ジェリー・トラヴァース)、ジンジャー・ロジャース(デイル・トレモント)
フレッド・アステアが映画デビューを果たしたのが1933年で、当時はプレコード時代からプロダクションコード時代への移行期であり、映画の過渡期でもあった。だから、アステアの出演する映画のイメージとえいばスクリューボールコメディが主旋律のミュージカル映画だというのは、女性のヌーディティーを引き立たせるためのコスチュームプレイの終焉を迎えた当時の映画が選択したオルタナティブな姿勢の中にあったからなのか、アステアが登場したからなのかはわからないが、彼の紳士性というものが実に見事にこの時代にマッチしたことは確かだ。
ゆえにこのミュージカル映画の素晴らしさは、ミュージカル映画に染み付いていたはずのエロティシズムが絶命してしまったのだということを、アステアとジーン・ロジャースの踊りとそれに合わせて舞う衣装の優雅さによって無意識的に暴露してしまったことにある。
その後何度も映画で引用される、アステアが床に砂を巻き、下の階にいるロジャースのために静かにタップダンスをするシーン(「ベル・オブ・ニューヨーク」(1952)、「虹の女王」(1949))や、羽毛の美しいドレスを纏ったロジャースとアステアが踊るチークトゥチークのダンスシーン(「カイロの紫のバラ」(1985)、「グリーンマイル」(1999)、「白いカラス」(2003))のなんたる優雅さか。そこには一切のエロスは無い。確かに、このエロティシズムがないことによってミュージカル映画がつまらなくなってしまったと言ってしまうこともできるし、実際そういった映画もある。正直な話、僕はフレッド・アステアがすごく好きだというわけでも無い(ジーン・ケリーの方が好きなのだ)。それは言わずもがな、この徹底された紳士性ゆえなのだが、ここまでエレガントにやられると、この映画を褒めたくなってしまう気持ちが芽生えるのもまた人間の業なのかもしれない。